<   2013年 01月 ( 25 )   > この月の画像一覧
高山右近天主教会堂跡
住所:大阪府高槻市大手町3ー46

 1574年、高山友照・右近父子が池や庭園を備えた教会堂を建立した。庭園の一角には大きな十字架も建てられていたという。1581年の復活祭には一万五千人の信者が集まったと伝わる。
 1998年に高槻市教育委員会が行なった高槻城三の丸跡の発掘調査で当地から多くの人骨と木棺が発掘され、教会のキリシタン墓地であることが分かった。

(碑)
d0050345_2043104.jpg





クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-31 21:00 | Trackback | Comments(0)
高槻城
住所:大阪府高槻市城内町2

 14世紀前半、入江春則が居城を構えたのが始まり。1569年、和田惟政が入江氏を滅ぼし高槻城主となったが、惟政の没後、息子・惟長が家臣の高山友照・右近父子によって追放されてしまう。
 1585年、右近が播磨明石に移封されると豊臣氏や徳川氏の直轄地となった。1615年以降、内藤氏・岡部氏など城主が何度が入れ替わった後、1649年に永井氏が城主となり明治維新を迎えている。
 1874年、京都~大阪間の鉄道建設に伴い建物は破却され石垣の一部が利用された。現在は高槻城趾公園として整備され二の丸跡には高槻市立しろあと歴史館が建っている。

(出土した石垣を利用して建てられた高槻城趾碑)
d0050345_22405244.jpg

(城趾碑その2。何を表しているのか良く分かりません)
d0050345_2240594.jpg

(高山右近像)
d0050345_2241499.jpg

(園内)
d0050345_2241122.jpg

(元工兵第四聯隊の営門。1909~1945年までここに兵舎が存在した)
d0050345_22411829.jpg

感想:近くの槻の木高校に遺構があったようですが、時間がなかったため公園を廻って立ち去りました。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-30 23:00 | Trackback | Comments(0)
野見神社(永井神社)
住所:大阪府高槻市野見町6ー6

 祭神は須佐之男命・野見宿禰命。宇多天皇の時代、病が流行り多くの死者が出た際「社殿を造り、牛頭天王を祀れば病が治まる」というお告げがあったため、牛頭天王社を建てたところ病の流行が終息した。その後、高槻城主だった入江氏や和田氏から崇敬されたが、キリシタンの高山右近が社殿を破壊して社領を没収したため、神体を山城国に避難させている。
 1615年、内藤信正が高槻に移封されると社殿を再建し社領を寄進した。1649年、永井氏が高槻城主になると明治維新まで永井氏の庇護を受けている。明治に入り野見宿禰命を合祀し社名が野見神社に改められた。

(鳥居)
d0050345_21352826.jpg

(拝殿?)
d0050345_21353397.jpg

(野見神社の境内に建つ永井神社の唐門。1793年、永井直信が初代藩主・直清を祭神として創建した)
d0050345_21353925.jpg

(永井神社の拝殿)
d0050345_21354536.jpg

(永井先公遺愛碑)
d0050345_21355113.jpg

感想:毎年4月24日に永井氏所縁の方々が永井神社に参拝した後、高槻市居合道連盟による奉納演武が行われるそうです。遺愛碑の近くで居合・・・、いや何でもないです。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-29 22:00 | Trackback | Comments(0)
高槻カトリック教会(高山右近顕彰碑)
住所:大阪府高槻市野見町2ー26

 キリシタンで高槻城主だった高山右近が追放された地・フィリピンのマニラ市に建つパコ教会を模して建てられた。

(教会)
d0050345_2112353.jpg

(高槻城主エスト高山右近之像。イタリアの彫刻家ニコラ・アルギーニの作品)
d0050345_21144465.jpg

(高山右近顕彰碑)
d0050345_21144810.jpg

感想:教会は行き慣れていないせいか、入る際に緊張しました。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-28 22:00 | Trackback | Comments(0)
本行寺(高槻城移築門)
住所:大阪府高槻市大手町2ー43

 日蓮宗。もとは岡本寺と寺号で別の場所にあったが、天文法華の乱や高山右近による寺社焼き討ちで焼失する。1596年、現在地に本行寺として再建された。高槻城主・永井氏の祈願所となり、1651年に本堂が改修されている。

(山門。高槻城の高麗門を移築したもの)
d0050345_2117330.jpg

(六地蔵尊とか鐘楼とかもろもろ)
d0050345_2117098.jpg

(本堂)
d0050345_21171447.jpg





クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-26 22:00 | Trackback | Comments(0)
伊勢寺(和田惟政の墓)
住所:大阪府高槻市奥天神町1-1-19

 曹洞宗。三十六歌仙の一人・伊勢姫が晩年に当地で草庵を結ぶ。伊勢姫が亡くなった後に天台宗の寺となったという。戦国時代にはキリシタン大名・高山右近によって焼かれた。寛永年間(1624~1644年)に曹洞宗の寺として再建される。

(山門)
d0050345_21534592.jpg

(豊川稲荷)
d0050345_21535071.jpg

(伊勢姫の和歌、「難波潟 みじかき葦の ふしの間も逢はでこの世を 過してよとや」を刻んだ歌碑)
d0050345_21535628.jpg

(筆塚)
d0050345_2154580.jpg

(本堂)
d0050345_21541128.jpg

(六地蔵尊)
d0050345_21542597.jpg

(墓地の中腹に建つ伊勢姫の廟堂)
d0050345_21543161.jpg

(伊勢姫の廟堂の左を更に上がったところに建つ和田惟政の墓(中央)。惟政は高槻城主だったが白井河原の戦いで池田勝正に敗れ戦死した。享保年間(1716~1736年)、高槻城改修の際、墓石が見つかり当寺に移された。墓はご覧の通り、かなり風化していた)
d0050345_21544060.jpg

感想:上宮八幡宮の北側に位置するのですが、八幡宮が南に下る参道しかないため、かなり遠回りをしました。住宅街にあるため道は分かりづらいですが、案内があるため迷うことはありませんでした。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-24 22:00 | Trackback | Comments(0)
上宮天満宮(羽柴軍合流の地)
住所:大阪府高槻市天神町1丁目15ー5

 祭神は菅原道真、野見宿禰、武日照命。この辺りは菅原道真の先祖・土師氏が住んでいたと伝わる。993年、道真の没後に勅使として太宰府に派遣された菅原為理が京都への帰途、当地で牛車が動かなくなったため調べたところ菅原氏所縁の地と分かり野見神社の境内に社殿を建て道真を祀った。太宰府に次いで二番目に建てられた天満宮で、北野天満宮より起源が古いことから上宮天満宮の称するようになる。
 高槻駅から当社に続く参道周辺は天神の馬場と呼ばれ、1582年に明智光秀を討つため中国地方から戻った羽柴秀吉が中川清秀や高山右近と天神の馬場で合流し山崎方面に向かっている。

(入り口)
d0050345_2154368.jpg

(鳥居)
d0050345_2154354.jpg

(参道)
d0050345_21541471.jpg

(野見神社)
d0050345_21541533.jpg

(1656年、高槻城主・永井直清が建立した拝殿)
d0050345_21542841.jpg

(上宮型狛犬)
d0050345_21543050.jpg

(本殿と拝殿。本殿は1590年に秀吉によって建てられたが、1996年に賽銭泥棒の少年5人の放火により焼失する。しかしのちに再建された)
d0050345_21544798.jpg

感想:寺社の放火って現代でも結構あるんですね・・・。
 霊松寺の三好義興の墓から直接行こうとして当社の西側に着いたのですが、登り口が南側しかなく戻る羽目になりました(T_T)




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-23 22:00 | Trackback | Comments(0)
霊松寺(三好義興の墓)
住所:大阪府高槻市天神町2-4-2

 曹洞宗。8世紀中頃に行基が開創し地蔵院と称した。1412年、松の下から現れた仏像を本尊とし建物を再建したため寺号を霊松寺に改める。正親町天皇や三好長慶の崇敬が厚く栄えたが、高槻城主・高山右近の兵火により焼失。江戸時代に再建された。

(霊松寺傘松地蔵尊。子宝、安産、子育てに効験ご利益があるという)
d0050345_23423862.jpg

(山門)
d0050345_23423989.jpg

(地蔵菩薩)
d0050345_2342482.jpg

(本堂)
d0050345_2342502.jpg

(長慶の息子・義興の墓。通称・カンカン石)
d0050345_2343212.jpg

感想:義興の墓は本堂とは道を挟んだ向かいの墓地にあります。他にも高槻城主・入江春正の墓があったそうですが分かりませんでした。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-22 23:00 | Trackback | Comments(2)
宝円寺(前田利家の両親の供養塔)
住所:福井県越前市高瀬1丁目25ー4

 曹洞宗。1388年、直伝正祖が創建した。1573年、織田信長が越前を治めていた朝倉義景を攻めた際に兵火で全焼。しかし越前府中城主となった前田利家が当寺の住職・大透圭徐に帰依し再興し、両親の菩提を弔った。利家はその後、加賀に移封された際にも金沢に宝円寺を建立している。
 1584年に再び兵火によって全焼したが、利家の息子・利長が再建している。その後、1821年と1931年に火災にあうが再建し現在に至る。

(総門)
d0050345_20494094.jpg

(総門の側に建つ微笑延命地蔵尊)
d0050345_20495342.jpg

(総門の側に鎮座する前田利家像)
d0050345_2049571.jpg

(十三仏堂)
d0050345_2050576.jpg

(六地蔵堂)
d0050345_2050731.jpg

(右が道元、左が瑩山の像)
d0050345_2050159.jpg

(山門)
d0050345_20501946.jpg

(本堂。前田家の家紋がありました)
d0050345_2050274.jpg

(庭園)
d0050345_20504616.jpg

(利家の両親の霊廟)
d0050345_20505470.jpg

(利家の父の供養塔)
d0050345_2050567.jpg

(利家の母の供養塔)
d0050345_2051325.jpg

感想:石像が多く香川県の田村神社與田寺と同じ雰囲気がした。
 山門など趣があって良かったのに、それを壊している感じがちょっと残念。いや、事情は分かりますよ、分かりますけど…。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-21 21:00 | Trackback | Comments(0)
龍門寺城(不破光治・木村重茲の居城)
住所:福井県越前市本町9-5

 曹洞宗。1299年、悦巌崇禅によって龍門寺が創建された。府中の南側にある要衝だったことから、1573年に朝倉義景から織田信長に寝返った富田長繁が本陣を構えるため龍門寺城を築いている。1574年、一向一揆勢に支配されるが信長は羽柴秀吉と明智光秀に奪回させている。1575年、府中に入った信長は当城を本陣として一向一揆の殲滅を行ない、その際、京都所司代・村井貞勝に「府中の町は死骸ばかりにて一円あき所なく候。見せたく候」と書き送ったのは有名である。
 1575年には府中三人衆の一人・不破光治が入った。1583年、賤ヶ岳の戦いで敗れた柴田勝家を前田利家が迎えたのが当城だと伝わっている。1585年、木村重茲が府中を支配し、1588年に城内の南隅に龍門寺を再興する。

(薬医門)
d0050345_20475794.jpg

(薬医門の横に建つ城趾碑)
d0050345_20454768.jpg

(本堂。境内がちょっとだけこんもりしているのは城の名残らしい)
d0050345_20482996.jpg

(地蔵堂)
d0050345_20482238.jpg

(土塁跡)
d0050345_20484175.jpg

感想:周辺の道が狭くて寺の出入りに苦労しました。駐車場はあるのでご安心を。
 墓地が一段低い場所にありましたが、そこは城の堀跡だそうです。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-01-19 21:00 | Trackback | Comments(0)