カテゴリ:未分類( 123 )
大久保石見守長安陣屋跡(産千代稲荷神社)
住所:東京都八王子市小門町82

 1590年、関東に移封された徳川家康は直轄地に代官頭を置いて領国経営を開始。代官頭・大久保長安も八王子に陣屋を構え政務を執った。長安は陣屋を構えるに際して、倉稲魂命を祀った産千代稲荷神社を創建する。
 長安没後に陣屋が無くなると畑地になったが、産千代稲荷神社だけはそのまま放置されたため大木が茂り『稲荷森』と称された。
 現在は周辺は住宅地となり神社も整備されている。

(鳥居)
d0050345_211097.jpg

(大久保石見守長安陣屋跡の碑)
d0050345_21101563.jpg

(拝殿。神社の歴史が書いてあるパンフレットが置いてあった)
d0050345_21102166.jpg

感想:信松院から500メートルくらいしか離れていないので歩いて行けます。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-03-18 21:00 | Trackback | Comments(0)
信松院(武田信玄の娘・松姫の墓)
住所:東京都八王子市台町3ー18ー28

 曹洞宗。武田家滅亡の際、武田信玄の四女・松姫は難を逃れて八王子に落ち延びる。1588年、松姫は随翁舜悦卜山の弟子となり、1590年に信松院を開基した。
 寺宝の木造軍船のひな形は文禄の役の際に小早川隆景が使用した軍船のひな形と伝わる。

(入り口。三が日に行ったので何かを販売されてた)
d0050345_21205268.jpg

(1988年に建立された観音堂と舎利殿)
d0050345_2121058.jpg

(鐘)
d0050345_21212991.jpg

(茶筌塚)
d0050345_21213546.jpg

(武田信玄の四女(六女とも)・松姫の墓。織田信長の嫡男・信忠と婚約したが破談になったのは良く知られている。法名・信松院殿月峰永琴大禅定尼)
d0050345_212141100.jpg

感想:ここに甲斐から逃れる松姫の像があったらしいのだが、お墓を探すのに夢中で気がつかなかった…(T_T)




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-03-17 21:30 | Trackback | Comments(0)
分倍河原古戦場(新田義貞の像)
住所:東京都府中市分梅町2-59-4

 1333年5月、上野で挙兵した新田義貞は小手指ヶ原の戦いなどで勝利し鎌倉に向かって南下。これを阻止するため同月15日、鎌倉幕府は北条泰家を大将として分倍に布陣し義貞を迎え撃った。
 一度は敗れ撤退した義貞であったが体勢を立て直し、翌日に泰家の軍勢を攻撃して勝利をおさめる。その後、義貞は鎌倉まで攻め幕府を滅亡させている。

(1940年に建てられた古戦場碑。時期的に政治的な臭いがしますねえ・・・)
d0050345_227402.jpg

(分倍河原駅のロータリーに建っている新田義貞公之像)
d0050345_2274559.jpg

(像の近くにある碑)
d0050345_2275010.jpg





写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-03-14 22:00 | Trackback | Comments(0)
下総佐倉城(土井利勝の居城)
住所:千葉県佐倉市城内町

 千葉氏の一族・鹿島氏が天文年間(1532~1555年)に鹿島城を築いたのが始まり(ただし未完成で終わっている)。1610年、土井利勝が当地に移封されると鹿島城跡に7年の歳月をかけて城を完成させ、佐倉と改名している。その後、城主は形原松平氏・大給松平氏・大久保氏など何度も替わるが、1746年に入った堀田氏が明治維新を迎えている。
 鹿島川と高崎川に囲まれた鹿島山に本丸が置かれ、その周辺を二の丸が囲み、東に三の丸、北に総曲輪がある。本丸には三重四階の天守があったが1813年に焼失した。
 現在は佐倉城趾公園として整備されている。

(大手門跡)
d0050345_21265886.jpg

(三の丸の端に建つ佐倉兵営跡の記念碑。佐倉連隊は太平洋戦争のレイテ島の戦いで多数の犠牲者を出している)
d0050345_2127584.jpg

(三の門跡近くにある空堀。サッカー出来ちゃうくらい広い)
d0050345_21271167.jpg

(ハリスの像。頭の上に写っているのは木です。当たり前ですけど、ちょんまげではありません)
d0050345_21271980.jpg

(佐倉城主・堀田正睦の像)
d0050345_21272552.jpg

(本丸の土塁)
d0050345_21273195.jpg

(本丸と夕陽)
d0050345_21273668.jpg

感想:家に戻ってから調べたら他にもたくさんの遺構があったようですが、時間と体力が無かったため断念しました…。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-03-12 22:00 | Trackback | Comments(0)
甚大寺(堀田正俊・正睦の墓)
住所:千葉県佐倉市新町78

 天台宗。1701年、山形城主・堀田正虎が城下に創建した。1746年に堀田家が佐倉城に移封される際に当寺も移されている。境内の奥には堀田家の墓が建つ。
 本尊の十一面観音菩薩は市の文化財に指定されている。堀田家六代当主・正順により金比羅大権現も祀られ毎月10日は参詣者で賑わう。

(入り口。本尊よりも金比羅大権現の方がメインのような雰囲気)
d0050345_2020510.jpg

(毘沙門天の像)
d0050345_20201118.jpg

(本堂)
d0050345_20201685.jpg

(堀田家墓所の入り口。寺の入り口の南にある)
d0050345_20202372.jpg

(墓所全景)
d0050345_20211510.jpg

(春日局の養子・堀田正俊の墓)
d0050345_20212228.jpg

(幕末の老中・堀田正睦の墓)
d0050345_20213917.jpg

(松江藩主松平不昧の娘、幾千子の墓)
d0050345_20261688.jpg

感想:本堂側から墓所には行けないようでした。境内が広いわけではないので一回道路に出てから改めて墓所に行くのが確実だと思います。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-03-11 20:30 | Trackback | Comments(0)
宗円寺(宗圓寺、香宗我部貞親の墓)
住所:千葉県佐倉市新町89

 臨済宗。1639年、堀田正盛が信濃松本城主時代に弟・堀田安利の菩提寺として建立した。正盛が佐倉城に移封される際に当寺も移されている。佐倉七福神の一人・寿老人が祀られている。

(境内)
d0050345_19155167.jpg

(六地蔵)
d0050345_1915563.jpg

(堀田家の執政・香宗我部家累代の墓)
d0050345_1916110.jpg

香宗我部貞親の墓(中央))
d0050345_1916732.jpg

感想:長宗我部関係ということで以前から行きたいとは思っていたのですが、なかなか行く機会が無くて…。今回、念願叶ってやっと行くことが出来ました。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→長宗我部元親軍記
[PR]
by tikugo | 2013-03-10 19:30 | Trackback | Comments(0)
松林寺(土井利勝の養父母と正室の墓)
住所:千葉県佐倉市弥勒町93ー1

 浄土宗。1610年、佐倉城主となった土井利勝が創建した。利勝が春日局から譲り受けた聖観音像を安置した観音堂が現在の本堂となっている。佐倉七福神の一人・毘沙門天の像も祀られている。

(本堂)
d0050345_20461058.jpg

(七福神の看板)
d0050345_20461528.jpg

(左から利勝の義父・利昌、中央は義母(母?)、右が妻の墓)
d0050345_20462370.jpg

感想:境内はさほど広くなかったです。明治時代に縮小したのでしょうか。




写真の提供についてはこちらから→写真提供

クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-03-09 21:00 | Trackback | Comments(0)
適塾(蘭学の私塾)
住所:大阪市中央区北浜3-3-8

 1838~1862年まで名医・緒方洪庵が開いた学塾。橋本左内、大鳥圭介、福沢諭吉、大村益次郎などがこの塾で学んでいる。現在の建物は洪庵が1845年に購入したもので1942年に大阪大学に寄贈された。1980年に一般公開される。

(入り口)
d0050345_11245232.jpg

(適塾の近くにある大阪でもっとも古い幼稚園・愛珠幼稚園)
d0050345_1124506.jpg

感想:何となく戦国時代以外の史跡にも行ってみようと思い寄ってみました。周りはビジネス街らしく訪れた休日は人通りが少なかったです。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-02-09 12:00 | Trackback | Comments(0)
安居神社(真田幸村戦死の地)
住所:大阪市天王寺区逢阪1丁目3ー24

 祭神は少彦名神・菅原道真。創建の年代は不明である。道真が九州に左遷される際に当地で休んだことに因んで942年に道真も祀られる。1615年の大坂夏の陣で奮戦した真田幸村が戦死した場所として良く知られている。

(入り口)
d0050345_21424513.jpg

(入り口近くに建つ真田幸村戦没地の碑)
d0050345_21425124.jpg

(拝殿)
d0050345_21425742.jpg

(境内に建つ真田幸村戦死跡之碑)
d0050345_2143230.jpg

(2009年に建てられた真田幸村公之像。銅像に触れると徳を授かれるらしい)
d0050345_21431092.jpg

(拝殿・本殿・幸村の像)
d0050345_21445931.jpg

(安居神社の辺りから通天閣を望む)
d0050345_2145592.jpg

感想:幸村の像が出来たと聞いて久しぶりに来てみました。前は天王寺七名水の一つ「かんしずめの井」に行けたはずなんですが、今回行った時は入れなくなっていました。ちなみに井戸は枯れており、水はありません。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-02-06 22:00 | Trackback | Comments(2)
三光神社(真田の抜け穴)
住所:大阪市天王寺区玉造本町14-90

 祭神は天照大御神・月読尊・素戔嗚尊・仁徳天皇。反正天皇の時代(400年前後)の創建と伝わる。全国唯一の中風(脳卒中)除けの神として知られている。

(鳥居)
d0050345_22294966.jpg

(拝殿)
d0050345_22295315.jpg

(七福神の一人・寿老人の像。寿老人の伴っている玄鹿の肉を食べると二千歳の長寿を得ることができるといわれている)
d0050345_2230198.jpg

(末社の稲荷社)
d0050345_2230341.jpg

(真田の抜け穴。当社の辺りに大坂冬の陣で真田幸村が造らせた真田丸があり大坂城からここまで地下に抜け穴を掘らせたという伝承がある)
d0050345_22301220.jpg

(真田幸村の像と模擬(?)の楯と大筒)
d0050345_22301520.jpg

感想:10年前に来た時と変わっていたのは模擬の大筒などが出来ていたくらいでしょうか。




クリックよろしくお願いします→にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

管理人のサイトもよろしくお願いします→大坂の陣絵巻
[PR]
by tikugo | 2013-02-05 23:00 | Trackback | Comments(0)