備後福山城
住所:広島県福山市丸ノ内1丁目1番地

 1619年、芸備49万石の大名・福島正則が信州川中島に転封されると、徳川家康の従兄弟・水野勝成が備後10万石の領主となり、3年の月日を費やし構築したのが福山城である。平山城で東、西、南に二重の堀をめぐらしていた。
 水野氏が五代ほど続いたが、無嗣断絶になってしまう。その後を松平氏が入るが一代で移封される。その後は阿部氏が十代続き明治維新を迎えている。安部氏は四人老中を出すほどの名家だったが、特に有名なのはペリー来航時に活躍した阿部正弘である。
 鉄道敷設により二之丸・本丸の他は市街地と化すが、残った城は市民によって大事に保管される。しかし1945年8月8日の福山空襲で天守閣は全焼。1966年、福山市市制50周年記念事業として再建される。

(筋鉄御門)
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(月見櫓)
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(天守閣)
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(福山駅北口から見た福山城)
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by tikugo | 2012-07-10 22:00 | Trackback | Comments(0)
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