八橋城(東伯耆の要衝)
住所:鳥取県東伯郡琴浦町八橋字城山

 築城年代は不明だが、行松氏が居城としていた。しかし1524年、いわゆる大永の五月崩れで尼子経久が八橋城が攻略すると吉田左京亮を置いて伯耆を支配した。毛利氏が尼子氏を滅ぼした後は杉原盛重が城主となる。1580年頃、織田氏が山陰に攻めてくると羽衣石城の南条氏が織田氏に寝返ったため、毛利氏の最前線の城となり吉川元春が入った。
 本能寺の変後は南条氏の領地となるが、関ヶ原の戦いで改易されたため、伯耆を治めた中村一忠の支城、次いで市橋長勝の居城となる。1617年に伯耆・因幡を池田家が支配すると一国一城令のために廃城となり、家臣の津田氏が陣屋を置いて明治維新を迎えた。
 現在はJR山陰本線によって分断され、遺構が僅かに残るのみ。また山頂には満州国承認式の写真をいち早く届けようとして墜落した朝日新聞社の記者を奉る『酒井片桐飛行殉難碑』がある。

(全景)
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(入り口)
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(山道にある石垣)
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(二の丸の曲輪)
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(二の丸に建つ八橋城山稲荷神社)
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(山頂にある酒井片桐飛行殉難碑)
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(山頂から見た八橋の街と日本海)
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(八橋駅のホームから見た八橋城)
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コラム:八橋駅の目の前にあります。駅の駐車場(というか駅前の広場)が利用できます。




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by tikugo | 2012-01-06 23:00 | Trackback | Comments(0)
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